故人に多額の負債があった場合の相続放棄

故人に多額の負債があった場合の相続放棄

被相続人が死亡すると、相続人は原則、被相続人の財産も負債も引き継ぐことになります。しかし被相続人にほとんど財産が無く、多額の負債があった場合、相続人は相続放棄をすることで、被相続人の資産と負債を引き継ぐことを免れることができます

今回は、この相続放棄についてご紹介させていただきます。

故人に多額の負債があった場合の相続放棄
相談者
相談者

1年前に父が亡くなりました。
相続人は長男の私と、長女の妹の2人なのですが、つい先日、債権回収会社から私と妹のもとに、父が生前に残した2,000万円の債務を支払うよう、郵便が届きました。
私たちは父の借金を返済しないといけないのでしょうか。

弁護士
弁護士

お父様とはどのような関係でしたか。
お父様と同居していたり、定期的に連絡を取ったりしていましたか。

相談者
相談者

いいえ、父は、私と妹がまだ幼かった30年ほど前に母と離婚し、それ以来交流はありませんでした。
昨年、警察から父が亡くなったと連絡があって、葬儀はしましたが…。
財産もほとんど無かったようで、相続の手続などは何もしていません。

弁護士
弁護士

そうなのですね。 そうすると、交流がなくなってからお父様が亡くなるまで、お父様がどのようなお仕事をして、どのような財産状態だったのかは、分からなかったということですね。

相談者
相談者

はい、まったく知りませんでした。
今回発覚した借金も、どのような理由で借りていたのか分かりません。

弁護士
弁護士

そうであれば、相続放棄をできる可能性があります。
相続放棄をできれば、お父様の相続について、初めから相続人ではなかったことになりますので、お父様の借金を返済する必要もなくなります

相談者
相談者

自分で少し調べてみたのですが、インターネットのホームページなどでは、相続放棄は被相続人が死亡したことを知ってから3か月以内にしなければならない、と書いてありました。
私が父が亡くなったのを知ったのはもう1年も前のことですが、相続放棄などできるのでしょうか。

弁護士
弁護士

お父様が生前借金をしていることを初めて知ったのは、つい先日、債権回収会社からの通知が届いた時ですね。

相談者
相談者

はい、それまでは父に借金があるなどとは思っていませんでした。

弁護士
弁護士

そうであれば、相続放棄をすることができる可能性があります。
最高裁判所の判決は、「3か月以内に相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部もしくは、一部の存在を認識した時、または通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である。」として、特段の事情があれば、被相続人が死亡した時から3か月経過後も、相続放棄をすることを認めています

相談者
相談者

今回の私のケースだとどうなるのでしょうか。

弁護士
弁護士

今回の場合、お父様とは長年交流が無かったため、資産も負債も含めて相続財産など無いと思うことにも相当な理由があると思われます。
そうすると、お父様が亡くなったことを知った時から3か月経過していても、借金があったことを知った時から3か月以内、つまり先日、債権回収会社からの通知書を受け取ってから3か月以内であれば、相続放棄をすることができます

相談者
相談者

そうなのですね。
通知書を受け取ってからまだ1週間ですから、期間制限の問題はなさそうですね。

弁護士
弁護士

もう1つ確認ですが、お父様が生前にお持ちだった財産は、手を付けずにそのままにしてありますか?たとえば、預貯金を解約してご自身の口座に移したり、葬儀費用をお父様の財産から支出したなどといったことはありませんか。

相談者
相談者

はい、一切手は付けていません。
葬儀費用も母と私と妹で負担しました。

弁護士
弁護士

それなら大丈夫です。
民法には、相続人が相続財産を使ってしまったりすると、その時点で相続をしたものとみなされて、相続放棄ができなくなるという規定があるのですが、今回は問題なさそうですね。

相談者
相談者

ちなみに、限定承認という手続もあると聞いたのですが、それはどのような手続でしょうか。
私も使えるのでしょうか。

弁護士
弁護士

限定承認とは、一言で言えば、被相続人の資産(積極財産)の範囲内で、負債(消極財産)を相続する制度です。 たとえば、被相続人にある程度の資産はあるものの、どれだけ借金があるかわからない場合、限定承認をすれば、積極財産の方が多ければ消極財産を返済して、残りの積極財産の一部を相続し、消極財産の方が多ければ、積極財産の限度で返済をする、ということができます。

相談者
相談者

すごく便利な制度ですね。

弁護士
弁護士

ただし、限定承認は、相続放棄に比べて手続が複雑で、完了までに時間がかかり、費用もかかる場合が多いため、利用されることはあまり多くありません。
今回の場合も、お父様にはほとんど資産が無く、2,000万円の多額の負債があるので、端的に相続放棄をする方がよいでしょう。

相談者
相談者

なるほど、それであれば早急に相続放棄の手続をしようと思います。

まとめ

以上のように、民法が定める明文の条件に当てはまらない場合でも、相続放棄をできる場合があります。

相続債務の額は高額であることも少なくないため、正確な知識に基づき、速やかに相続放棄をすることは非常に重要です。

(2022年8月)
※記事が書かれた時点の法令や判例を前提としています。法令の改廃や判例の変更等により結論が変わる可能性がありますので、実際の事件においては、その都度弁護士にご相談を下さい。

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