相続問題についての知識
認知症の相続人がいる場合の遺産分割
認知症、知的障害や精神障害によって、正常な判断能力を欠いている相続人がいる場合、遺産分割の手続きはどのように行えばよいでしょうか。
最近は、超高齢化社会となってきていますので、相続人の中に認知症の方がみえるケースはとても多くなっています。
たとえば、
- ① 極めて高齢の兄弟が5人いて、うち2人が認知症で施設に入所しているところ、末の兄弟が死亡し、認知症の兄弟が相続をすることになったケース
- ② 認知症の父の介護を行っていた母が、介護疲れのために死亡し、認知症の父が相続人となってしまったというケース
以下では、こうした場合にどのような方法で遺産分割を進めていくべきか説明をします。
遺産分割協議には意思能力ある相続人の合意が必要
認知症の相続人がいるならば、その者を除外して遺産分割をしたいところです。
しかし、遺産分割協議は、相続人全員の合意によって成立しますので、認知症の相続人を除外して、その他の相続人で遺産分割協議をしても、それは当然に無効になってしまいます。
かと言って、遺産分割協議書に勝手に認知症の相続人の署名押印をすれば、遺産分割協議が無効となるばかりか、私文書偽造の犯罪行為となってしまいます。
但し、認知症が軽度である場合は、相続人の意思能力が備わっているといえ、その相続人に遺産分割の内容を説明し、理解を得ることで、遺産分割協議を行うことができます。医師の判断によって認知症の軽重を確認する必要があると言えましょう。
成年後見制度を利用した遺産分割
以上のように、相続人の中に意思能力を欠くほどの認知症の方がいる場合は、遺産分割の前に、家庭裁判所に対して成年後見人選任の申立てを行い、成年後見人を選任してもらう必要があります。
成年後見制度とは、認知症や知的障害などによって事理弁識能力を欠き、物事を適切に判断できない者(成年被後見人)について、裁判所が成年後見人を選任し、成年被後見人を保護するための制度です。
成年後見人は、成年被後見人の法定代理人として、成年被後見人の法律行為の代理や、成年被後見人が自ら行った法律行為の取り消しをすることができます。
成年後見人選任後の遺産分割手続
成年被後見人となるべき者(本人といいます)の4親等以内の親族は、成年後見の申立を行うことができます。認知症で事理弁識能力を欠く相続人がいる場合、その他の相続人は、成年後見開始の審判を求める申立を行うとよいでしょう。申立先は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
成年後見の申立があると、一定の調査や鑑定を経て、成年後見開始の審判を行い、成年後見人を選任します。成年後見人には、親族のほか、事案により、弁護士や司法書士等の専門家が選任されることもあります。
成年後見人が選任されたら、他の相続人から成年後見人に対し、遺産分割交渉を申し入れ、遺産分割協議を行います。成年後見人は、本人にとって最善を尽くすこととされていますので、本人に不利な協議はできませんが、法定相続分通りならば本人にとって特段不利益は無いでしょうから協議は成立するであろうと思われます。
以上の手続を経て、遺産分割協議がまとまったら、遺産分割協議書を作成することになります。
成年後見制度を使わないで遺産分割手続を進めるためには
上記のとおり、相続人の中に認知症の方がいらっしゃる場合は成年後見制度を利用せざるを得なくなります。したがって、成年後見制度を使わないで遺産分割手続を進めるためには、相続開始前から対策を講じておくよりほか方法はありません。
具体的には、推定相続人の中に認知症の方がいる場合には、遺産を遺す方があらかじめ遺言書を作成しておくことで、問題を回避することができます。
なお、遺言がない場合でも、成年後見制度を利用しない場合もあります。
相続財産のなかには、相続開始の時点から当然に各相続人に法定相続分に応じて分割帰属する財産があります。具体的には、被相続人の第三者に対する貸付金、請負代金、交通事故の損害賠償金等の金銭債権です(以前は、預貯金に関して、法定相続分に応じて分割帰属するとされていましたが、最高裁平成28年12月19日決定により、否定。)。不動産や預貯金等上記以外の相続財産が少ない場合は、敢えて成年後見制度を利用せず、これらの分割債権を単独行使することの方がコストを抑えることができるかもしれません。
ただ、認知症の相続人の分の権利行使ができませんから、長期的には成年後見制度を利用する方が有利かもしれません。
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