私は56歳で、兄が60歳です。母は既に亡くなっており、5年前から兄夫婦が86歳の父と同居するようになりました。

ところが、最近、父が有料老人施設に入ったと聞き、父に会いに行きました。父は、認知症が疑われました。

父の話では、時価5000万円の自宅の名義を兄に変え、さらに、銀行に連れて行かれて、預金1億円の中、5000万円を兄の長男に、2000万円は兄嫁に渡した、と言いました。

父は、預貯金の通帳印鑑を兄に預けており、将来が不安だと言っていました。

私は兄に事情を尋ねたところ、興奮して「お前は関係ない。」と言って何も説明してくれません。私としては何か取るべき方法がありますか。

本来、父親が生前に普通の財産管理をしていれば、亡くなられた段階では、自宅も残るし、預貯金もそれほど減らないでしょう。

その場合、父親が遺言書を書いていないと、法定相続となり相談者と兄が2分の1ずつ分けます。
遺言書を書いた場合は、原則として遺言に書かれた通りに遺産は分けられます。

本件のようなケースは希な事例だと思いますが、このままいくと、父親死亡時には、預貯金もほぼ0に近くなっていることが考えられます。
 
ところで、皆さんは遺留分減殺請求という言葉はご存じですか。今年7月1日、法改正により、遺留分侵害額請求と呼ばれるようになりました。

まず遺留分から説明しますが、被相続人は、生前にその財産を自由に処分したり、遺言により相続人などの誰かに財産を相続させ、贈与することが可能です。しかし、それでは、ある相続人が期待していたような相続財産を取得できなくなって、生活に困ることにもなり、また相続人間に不公平が生じます。そのため、被相続人の財産処分の自由を一部制限する、遺留分という権利が認められています。

遺留分は、配偶者、直系卑属のどちらか一方でもいる場合は、相続財産の2分の1、直系尊属だけの場合は、3分の1となっています。
なお、遺留分減殺請求の方法は、後日の証拠のため、配達証明付きの内容証明郵便によるべきです。

私達弁護士が遺留分減殺請求事件として担当するのは、被相続人が遺言で、「全財産を長男に相続させる」というケースがとても多いです。
しかし、本件のように遺言はないが、生前にほぼ全財産を、特定の相続人あるいは第三者に贈与してしまった場合でも、遺留分減殺請求はできます。

遺留分算定の基礎となる財産は、相続開始時の被相続人の財産だけではなく、被相続人が贈与した財産(本件では自宅)も含まれます。
さらに、相続開始前の1年間にされた贈与と、遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた贈与も対象になります。「損害を加えることを知って」とは,遺留分を侵害する認識があればいいです。本件の兄の長男と兄嫁への贈与は、金額も大きく、贈与の時期から考えて、該当する可能性があります。

月刊東海財界 2019年12月号掲載